国立映画アーカイブ 相模原分館
インタビュー

公開日:2023/05/15 | 更新日:2024/03/01
国立美術館
神奈川県

保管だけでなく、検査所を併設して貸出もおこなう
活きた「映画フィルム」美術館

京橋にある本館「国立映画アーカイブ」を支える一般非公開の分館。
時間の経過とともに傷んでいくフィルムをいかに修復・保管・継承していくかについて伺いました。

  • Date:2023.5.9 10:30~
    Interviewee:三浦 和己様(国立映画アーカイブ 主任研究員)
    Interviewer:木原 智美(フィールドアーカイヴ 代表)

質問1「施設の基本情報について教えてください」

木原
本日インタビューさせていただく施設は、東京・京橋にある本館「国立映画アーカイブ」の分館にあたり、基本的には一般非公開の施設になるのですが、具体的にどういった業務をされている所なのでしょうか?

三浦主任研究員
まず「国立映画アーカイブ」はどういった施設かといいますと、1952年に国立近代美術館の中で「フィルムライブラリー」という事業がはじまり、映画の上映や映画資料の展示がおこなわれていました(詳しくは「国立映画アーカイヴ」インタビュー)。そこが起点になって、あとから相模原に分館が建てられたんです。

ここは元々、米軍基地の“キャンプ淵野辺(ふちのべ)”といわれていた場所にあたるんですけれども、その跡地にいろいろな施設ができました。

向かいにJAXAさんですとか、隣に相模原市立博物館さんがあります。

そういう公的な機関がいくつかありまして、その中に映画アーカイブの施設ができたという経緯があります。

今日は保存棟Ⅱと我々が呼んでいる施設をメインにご覧いただければと思っておりますが、こちらは2011年に竣工した建物になります。

木原
2011年は大震災の年ですね。

三浦主任研究員
そうですね。いろいろ大変でしたが無事に保存棟Ⅱが竣工し、その後さらにもうひとつ、保存棟Ⅲという建物が2014年に竣工しました。
保存棟ⅠとⅡはいわゆる「不燃性のフィルム」といわれている、一般的に使われているようなフィルムが保管されています。

対して保存棟Ⅲは危険物にあたるフィルムに対応しています。

木原
危険物にあたる映画フィルムがあるんですか?

三浦主任研究員
実は戦前のフィルムっていうのは「可燃性フィルム」と呼ばれる、非常に燃えやすい素材でできていまして、危険物に指定されているんです。
主に戦前のフィルムは普通の倉庫では保管ができないということで、専用の保存棟Ⅲが建てられました。

保存棟ⅠとⅡとⅢあわせて全体で約50万巻の収蔵能力を持っています。

木原
すごい収蔵能力ですね。まだまだ余力はある?

三浦主任研究員
…そうでもないんです(笑)
どの美術館さんもそうですよね。
収蔵庫使用率200%とかいっているところも結構あります。

木原
そうなんですね。

三浦主任研究員
我々はまだ100%にはいってはいないんですけれども、どんどんそれに近づいていっているようなところがあります。

木原
保存棟Ⅲは、全部で何本ぐらい保管されているんですか?

三浦主任研究員
実はかなり少なくて、ここではキャパシティとして1000巻ぐらいしか所蔵できないんです。
それは1000巻しか持っていないということではなく、可燃性フィルムは可燃物なので、規制があって多くは置けないということで、1000巻分の収蔵となっているんです。

木原
なるほど。ここ以外には映画アーカイブの保存庫はないんですか?

三浦主任研究員
東京・京橋にある本館にも、地下に収蔵庫があるんですが、そちらは映画フィルムではなく、「映画関連資料」と我々は呼んでいるんですけれども、シナリオですとかスチル写真、ポスター、制作資料、その他立体資料といった、主に「紙の資料」を収蔵、保存しています。

木原
確かに、フィルム以外の映画に関連した資料も大量にありますよね。

三浦主任研究員
そうなんですよ。
京橋の収蔵庫は主に紙資料の収蔵、相模原のほうではフィルムの収蔵という形になっています。


質問2「この施設をつくろうと思われたきっかけを教えてください」

木原
相模原に国立映画アーカイブの分館を建てよう、となったきっかけを教えてください。

三浦主任研究員
まず、上映用のプリントフィルムの置き場所に問題がありました。
本館は映画フィルムの保存に適した、きちんとした空調の整った環境ではなかったので、保管庫を作りたいという要求がずっとあって、それが実現したという形です。

国立映画アーカイブはフィルムライブラリーとしてスタートしていますので、最初の事業は「ポジフィルム(上映用のプリントフィルム)を主に収集して、いろんなところで上映をする」という事業でした。

そうすると当然ですけれども、年を追うごとにどんどんフィルムが増えていく。
そうなるとそのフィルムを安全に保管する施設っていうのが求められてくるわけです。

1952年にフィルムライブラリーの事業がはじまって、そこからずっと求められ続け、1975年に保存庫の設置委員会ができました。
そこからさらに時間がたって1986年に分館(保存棟Ⅰ)ができました。

木原
ずいぶん長い時間がかかったんですね!
施設を建てようとなった際に、どこか参考にされた場所はあったんですか?

三浦主任研究員
もちろん、海外には例えばフランスにはCNC(フランス国立映画映像センター)という大きなフィルムアーカイブ、アメリカだとMoMA(ニューヨーク近代美術館)の映画部門があり、そういう立派なフィルムアーカイブの収蔵庫を見学して、参考にはしていたと思います。

ただ、どちらかというと、ここを設計された方と話し合いながら、求める機能を伝えて技術的に実現していくというような形で作っていったものになります。
どこかの場所を真似てそのままそっくり持ってきたというよりは、結構オリジナルのアイデアで作ったといえますね。

木原
この建物を建てる際にはどういう専門家の方々が関わったのでしょうか?

三浦主任研究員
温度湿度を一定にするという意味では、空調屋さんがすごく重要な役割を果たすわけですけども、それに加えて例えば「東京文化財研究所」ですとか、いわゆる文化財の保存科学の専門家の方々も入って技術的な助言をいただきながら建てられました。

ただ、文化財保存の専門家の方々にとっては「映画フィルム」というのはものすごく新しいものになりますので、助言をいただきながらも最終的には自分達で保存方法を試行錯誤して施設を作っていったといえます。

木原
いまもまだ、フィルムに最適な空調など試行錯誤されている部分があるんでしょうか?

三浦主任研究員
フィルムの劣化は何度で湿度何%だったら何百年持つなどといった情報は、理論としてはある程度確立されています。
ただ、実際にそれを現実のものとして実現することを考えると、あるところ以上のものにしようと思ったら突然コストがとんでもない額になるとか、現実的なものではなくなってしまうということなんです。
それを自分たちが実現できる予算と技術の中で折り合いをつけて、じゃあこのへんかなというのを選択しているような感じですかね。

たとえば我々の保存棟は2℃とか5℃で、0℃を下回ってない、いわゆる冷凍ではなくて冷蔵なんです。

計算上というか、理論上は冷凍のほうが良かったりするので、そういう選択をして冷凍されている組織もあったりしますが、そうなると、再度使えるような状態にするまでにとんでもなく手間がかかったりするので、我々としては維持費の問題ですとか、活用にそぐわないという意味で冷凍はしていないんです。

木原
常温で置いておくのに比べて、どのくらい耐久性に違いがあるんですか?

三浦主任研究員
白黒フィルムとカラーフィルムとでまた違ったりするところもあるんですけれども、白黒フィルムで5℃保存だと例えば500年とか、そういう指標がありますね。

木原
500年ですか!?冷やすことでそんなに長く保管できるようになるんですね。
棟が5℃や2℃になるように、どのように冷やしているのでしょうか?

三浦主任研究員
外周ぐるっと外に接しないような形でバッファを設けて湿度を一定にさせるというような構造になっています。

温度湿度を一定にするためには当然クーラーのような装置だとか、除湿機が必要になってくるんですけども、そういう装置を部屋の中にポンと置いてしまうと、その周辺だけ冷えてしまって、部屋の逆側があまり冷えなかったりとか、湿度がどこかに溜まってしまったりということがあります。

空気を滞留させないように部屋の外で冷たくて乾いた空気を作り、等間隔にある天井の装置からジワーっと滲み出すような形で部屋全体を均一に冷やしています。

木原
なんとなくやさしい寒さというか、心地よいひんやり感です。
動物を飼う感じで、手間をかけてあげないといけないってことですね。

三浦主任研究員
そうなんですよ。
映画フィルムの上に乗っている乳剤、主な材料は牛のゼラチンなんです。
そういう生物的なもので作られていたりするので、もちろん水とか、いろんなガスに敏感に反応しやすかったりします。

木原
本当に「フィルムは生き物」なんですね。
冷蔵だとしても、中に入っている人は相当寒くなりそうですね。

三浦主任研究員
防寒着は必須になりますね。夏場とかだと結構体にこたえます。

木原
2℃とか5℃が、ちょうどフィルム達にとっては心地の良い温度なわけですが、人は外気温との差にやられてしまいますね。

三浦主任研究員
人だけではなく、フィルムにとっても外との温度差は問題になります。

どうしても低温の環境からフィルムを出すと結露してしまうんですね。
結露してしまうと映画フィルムに非常に悪い影響がありますので、「ならし室」と呼んでいる部屋が棟内にあります。

そこは外気と収蔵庫の中間ぐらいの環境の部屋で、たとえば1日とかならしてあげて、そこから外に出すようにしています。

夏場ですと二段階、最高で三段階ぐらいおいて、外に出したフィルムを低い温度にならしていっています。

木原
この施設ができる以前、フィルム保存の初期の頃ってどういう管理をされていたんですか?
ただフィルム缶に入れて置きっぱなし、みたいな感じだったのでしょうか?

三浦主任研究員
そもそも映画フィルムの初期の頃というのは、上映する、その瞬間のためのものという時代でした。

なので、初期の頃はほとんどの方は「フィルムを残すということは考えていなかった」ということになるかと思いますね。

こんな立派な環境を整えてというようなことは想像もしていなかった方が多いんじゃないかなと思います。
その中で、映画の芸術性ですとか記録性というものに注目し「フィルムを残さないといけない」と考えていったのかと思います。

そういう“フィルムアーカイブ”という活動を始めた人たちがいろんな収蔵庫を作って、ノウハウを共有していったといえますね。


質問3「常設展示に際し、他の施設にはないユニークな品や見せ方などは何ですか」

木原
いつもは「常設展示」に関する質問をしているのですが、ここは展示施設ではないので、他の保存専用の建物にはないユニークな点をお話いただけますでしょうか? 

三浦主任研究員
我々はここを“倉庫”とは呼ばず、“保存棟”と呼んでいます。
それは、我々は倉庫業をやっているわけではないというところと、あくまでも美術館の一つと捉えていまして、そういうことを感じていただけるような意匠を考えています。

例えばこの天井のところとか、形がいろいろとあるんですけれども、実はこれも、映画に関係した意匠です。
上映する際の画角というものがあるんですけれども、シネスコサイズといった横長のサイズやビスタサイズなど、その大きさを形にしています。

木原
あ!言われてみれば確かにそうです。

三浦主任研究員
ちょうど太陽が出ているとちょうど下にスクリーンがあらわれるという。

木原
あーなるほど面白い!保存棟Ⅱの入口にいたる道にぴったりな、素敵な演出ですね。

三浦主任研究員
実はこちらのタイルもですね、幅がちょうど映画フィルムの幅と同じになっているという…。

木原
それも気がつかなかったです(笑)
確かにこの棟は映画フィルムの“倉庫”ではなく、“美術館”という感じがします。

三浦主任研究員
他には、廊下の壁の色が一番上の階から赤、緑、青とRGBになっていたり。

木原
階で色が違うのには気づきましたが、RGBだったとは。
あらためてよく見ると青色のところには藍色、紺色、空色、水色って書いてありますね。

三浦主任研究員
もちろん意匠としての仕掛けでもあるんですけど、実務的には今自分がどのフロアにいるかというのがわからなくなってしまうような時に役に立っています。

木原
確かにB1階とB2階は似ているのでわからなくなりそうですね。
わからなくなるくらい長時間、そこで作業するってことがあるんですね。

三浦主任研究員
そうですね。大量のフィルムを1缶1缶入れていったりする作業もありますね。
必要なときに1缶出すのはすぐなんですけど、1000缶単位で出して、それを棚に全部戻していくという時とかは大変ですね。


質問4「展示すること以外の取り組みがありましたら教えてください」

木原
この施設に関してはメインの取り組みは「展示」ではなく「保存」になりますね。
「映画フィルムを保存すること」以外の取り組みがありましたら教えてください。

三浦主任研究員
本施設は映画や映像を学んでいる学生さんに見学に来ていただくことがあります。
フィルム自体を見たことがない学生さんも多くいらっしゃるのですが、「映画を保存する」ということが一体どういうことなのかがわかりづらいようですね。

木原
なるほど。今の学生さんたちのほとんどはデジタルネイティブですもんね。

三浦主任研究員
保存棟Ⅱの入口に飾られている映画フィルムの実物を見ていただきながら、ひとコマずつ、少しずつ動いているような形で、パラパラ漫画のような形で上映されて動く映像になる、という説明をしています。

こちらの映画フィルムは「紅葉狩」という作品のフィルムなんですけれども、日本で撮影されたフィルムのうち現存している中では最古、一番古い年代(1899年)に撮影されたものになり、そのフィルムは重要文化財に指定されています。

映画フィルムの場合は作品が指定されるのではなく、フィルムそのものが重要文化財として指定されます。
そのフィルムを含め、現在3作品の映画フィルムが重要文化財に指定されており、可燃性フィルムのためすべて保存棟Ⅲに保管されています。(→ 公式サイト「映画フィルムの重要文化財指定について」

木原
その他に何か取り組まれていることはありますか?

三浦主任研究員
他には映画フィルムを検査してカタロギングして活用する、といった取り組みをおこなっています。

例えば美術館ですと、絵画だったらどういう絵の具を使って作られているかですとか、誰の作品のものとかを調べたりということがあると思うんですけど、我々も同じように映画フィルムを1本1本見て検査をするということをやってます。

というのも、例えば缶のラベルに書いてある情報とその中に入っているフィルムが本当に合ってるかどうか、きちんと検査してみないとわからないんですよね。
あと複製を重ねるメディアですので、ある作品の同じフィルムでも、途中で切れてしまっていて尺が短くなってしまっているですとか、よくあるのがテレビ放送用だと、本編全体を少し短い編集にしたりしますよね。

同じ作品でも中身が違うということもありますし、あとは傷み具合も違ったりしますので、そのあたりは1本1本どうしても見ないといけない。

木原
具体的にはどういったところを見ていくのでしょうか?

三浦主任研究員
まずは当然、映画のタイトルですね、あと35ミリとか16ミリとかの大きさですね。
それからネガフィルムなのか上映用のフィルムなのかといったジェネレーションの情報。
燃えてしまうフィルムなのかどうか。
どこのメーカーで作られたものかとか、何年に作られたものかとか。
あと作品が関わるところを調べて、どれぐらいの長さのあるものなのか。

そういった情報を「フィルム調査カード」という、カルテのようなカードに記入しています。

木原
情報が間違っていたら大変なことになりますね。
カード1枚仕上げるのにも時間がかかりそうです。

三浦主任研究員
映画フィルムがトラックヤードから来たすぐのところに「仮置き室」と呼んでいるフィルム置き場があるのですが、ここにあるフィルムはすべて、さらに奥にある「検査室」での検査待ちになっています。

木原
すごい量ですね…。ぜんぶ検査待ちなんですか。

三浦主任研究員
はい。でもここは本当に氷山の一角と言いますか、他のところに仮置きをしているフィルムというのはまだまだたくさんあるんです。

木原
「検査室」ではカタロギングの他にどういった作業がおこなわれるのでしょうか?

三浦主任研究員
例えば、映画館で上映されたフィルムが貸出から帰ってきた後などに、こちらでフィルムの状態を検査します。
上映フィルムって結構強いんですけど、ちょっとした切れ目があると、そこから一気にパッと割けてしまったりとかっていうのがあるので、フィルムを手で押さえて、切れ目がないかですとか、折れ目とかつなぎ目とかを同時にチェックしていきます。

木原
検査用の機材は専用に作られたものなんですか?
一見すると手作りっぽい感じの機材も見受けられますが。

三浦主任研究員
メーカーで売られているものをそのまま購入したものが多いですが、中には現像所で手作りした機材を譲り受けたものもあります。

まだ今かろうじてこういうフィルムの機械がわかる方がいらっしゃるので、メンテナンスとかもしていただけるんですけど、その方々がどんどん高齢になってきて、こういう機械を維持するというのは本当に大きな課題になってますね。

木原
検査して問題があった場合に、修復はできるものなんですか?

三浦主任研究員
例えばフィルムが割けてしまうとテープでつなぐといった修復作業をすることになります。
そういう簡単な修復は現場でやることもあるんですけども、本格的な修復は現像所のかたにお任せしてという形ですね。

木原
フィルム自体というのは今どうなってるんですか?

三浦主任研究員
一応アメリカのコダックさんを中心として、まだ映画フィルムを作ってくれているところというのはかろうじて残っています。

国内では「映画フィルムの現像所」が今2つ(IMAGICAエンタテインメントメディアサービス・株式会社東京現像所)しかなくてですね(注: 2023年5月取材時)、そのうちのひとつ(株式会社東京現像所)も今年の11月で終わってしまうので、本当にひとつしか、になってしまう。

映画フィルムの製造も現像も、先ほどの機械のメンテナンスができる人とか、いろんなものがどんどんなくなっていく中でなんとかやっていかなくちゃいけないんです。

木原
なるほど。検査で問題が見つかっても気軽に複製はできないんですね。
では活用したくてもできないフィルムがたくさんあるということでしょうか。

三浦主任研究員
当然1本しかないフィルムというものに関しては保存用という形ではあるんですけれども、上映用のフィルムで複数持っているものに関してはお貸し出しすることもありますし、それもフィルムの状態によりますね。

質問5「開館当初の見せ方から変化した部分はありますか、もしあればなぜ変化させましたか」

木原
最初にできた保存棟Ⅰと次の保存棟Ⅱで変化した部分はありますか?

三浦主任研究員
両棟とも基本的には同じような形で映画フィルムを置ける棚があって、収蔵するという意味では同じようなものなんですけれども、細かく言うとエレベーターが小さかったりとか、いろんなところに段差があったりだとか、そういうものがあったのでそれを受けて、新しい収蔵庫Ⅱは使いやすく作ったという経緯がありますね。

三浦主任研究員
映画フィルムは多くの湿度によって劣化をするため、地下に大きな冷蔵庫のような設備を作り、温度・湿度をなるべく安定させるための工夫が施されています。
例えば建物の前に植え込みがありますけれども、太陽の温度を吸収できるように芝生の下が収蔵庫になっているんです。

木原
この何気ない場所にも意味があるんですね!

三浦主任研究員
2階部分は空調の機械などが置いてあるところで、1階部分には映画フィルムの検査をする部屋と映写機やカメラといった映画に関係する技術資料を保管する部屋があります。

地下1階は主に上映用プリントフィルムが保管されている場所で、地下2階が主にネガフィルムを保管しています。

その他に「ビネガーシンドローム」になってしまっているフィルムは自分の中からガスを出していて、健康なフィルムと一緒に置いてしまうと健康なフィルムも害してしまうというところがあるので、それを隔離するために、そういうフィルムだけを置いている部屋があります。

木原
「ビネガーシンドローム」というのはフィルムの劣化現象のことですよね。
名前の通り、お酢のようなニオイがするのでしょうか?

三浦主任研究員
はい。ビネガーシンドロームの症状は低温にするとかなり抑えられるので、専用の部屋ではそこまでニオイはしないのですが、常温だと本当に近づくというのもできないぐらいの強烈なニオイになります。

木原
劣化したものは、あくまでもその状態で止めておくということしかできないのでしょうか?

三浦主任研究員
そうですね。
ニオイだけではなく、正しく丸く巻けないぐらいの、中がゴワゴワになっていたり、六角形のような形になってしまったり。
縮んでくるとそういう、巻いてる状態を見るだけでももうだいぶ劣化してるなというのがわかります。

ではこれをどうやって保存するのかというと、答えとしては複製するしかないんですね。
なのでこの劣化がこれ以上進む前に複製をしてあげると。

映画フィルムの世界で保存という言葉には実は複製することも含めてということが多いんです。
なのでどうしても劣化を修復できなくて複製しようとなると、結局、現像所に頼まなくてはいけない。
その現像所がどんどん減っているということになると、本当にこのままだと保存するということができなくなってしまうというような危機感がリアルになってきていますね。


質問6「続けていくにあたって苦労されていること、お困りごとがもしあれば教えてください」

木原
一番これが困っているということをお話いただけますでしょうか?

三浦主任研究員
そうですね、これはもう、完全にスペースの問題ですね。

いま、映画の活用の仕方というのがほとんどデジタルになってしまって、映画フィルムをそのまま活用するというのがなくなったので、いままでフィルムを持っていた人がどんどん寄贈していただけるような状況がきています。
それを一本一本検査しているのですが、どうしてもつまってしまう。
仮置きできるようなスペースももうなくなってきているというような状況です。

それから、フィルムだけではなく映写機などの機材の寄贈も増えています。

木原
セル画でアニメーション作品を制作する線画台の現物が保存棟Ⅱに置かれていました。
確かに、いまはアニメもほぼすべてデジタルになってしまって、線画台は使用されていないでしょうね。
もう今のアニメーターさん達は見たことのない機材なんだろうな。

三浦主任研究員
そうですね、近年まで使われていたものになります。
こういうものも実は結構寄贈の申し出を受けるんですけど、さすがにこれをあと何台も受け入れるほど余裕がないんです。

木原
この施設は基本的にフィルムに関するものは全部受け入れる姿勢でいらっしゃるんですか?

三浦主任研究員
はい。我々の方針としてはすべて受け入れる。作品を選別しないということをポリシーにしています。一般的な美術館ですと、作家に関連したものを収集して独自のコレクションを形成する形だと思います。

当施設は国立美術館の下の組織ではあるんですけれども、同じような収集方法にはしていません。
なぜかというと、例えば本の場合は、出版されたら納本制度があって国会図書館に必ず行きますよね。
映画の場合は制作されても、どこかに収蔵されるということがないんです。
そういう法制度がない。

どこかが網羅的な収集をしないと、人気のあるものしか残らないという状況になってしまう。
そういう意味での受け皿として、我々はあくまでも網羅的にというのをモットーにして活動をしています。

とはいえ、キャパシティの問題があるのです。

木原
なるほど…。悩ましい問題ですね。


質問7「その他、ご来場の方々に何かお伝えしたいことはありますか」

木原
これはぜひお伝えしたい!ということはありますか?

三浦主任研究員
低温低湿っていう建物全体が冷蔵庫になっている施設というのは、たぶん他の美術館ではまずないかなと思います。

分館ではフィルムの検査をすることですとか、貸し出しをすることっていうことになるかなと思いますけども、本館の方で映画フィルムの上映をしていたりだとか、分館でも保存棟Ⅰの奧に上映ができるホールがありまして、上映会をおこなうことがあります。

あとはそうですね、京橋本館のほうでいろんな映画の機材の展示だとか、特集の上映をおこなっていて、そのフィルムはまさにここで保管をしていますので、映画をたくさん見ていただいて、ちらっとふりかえると、映写機が見えると思いますので、映写機をみながらこちらの施設の方を思い出していただけるといいかなと思います。

木原
まさに陰から支える「縁の下の力持ち」という感じですね!
どうもありがとうございました。

見学した際の感想

木原
「我々は倉庫業をやっているわけではない、あくまでも美術館の一つと捉えている」というお言葉どおり、棟全体が美術館のような雰囲気でした。

「国立映画アーカイブ」は独立行政法人国立美術館に属しているからということもあるとは思いますが、インタビューの中で比較する場所が「放送ライブラリー」や「国会図書館」といったアーカイブ施設ではなく、美術館であることが印象深かったです。

どこかが集めないと永久に失われてしまうという想いから、多少無理をしてでも網羅的に映画フィルムや機材を受け入れ続けているというお話も含め、棟内でお会いしたフィルム技師さんをはじめ、働いている皆さんが本当に映画好きな方々で、映画フィルムに対する使命感や愛で活動されている感じがしました。

網羅的に収集したり使われなくなった機材を受け入れる感じ、それらにまつわる苦悩の様子が、以前インタビューさせていただいた「印刷博物館」と似ているな、とも感じました。

映画フィルムの置き場所問題の件、以下の窓口から寄付することで応援できますので、ぜひご支援ご検討ください。

<国立映画アーカイブへの寄附(別サイト)>

 

見学した際の感想をもう一つ。
父の本『ソニー技術の秘密』に登場していながら、一度も現物を見たことがなかった、ソニーのシネコーダーがこちらに保管されていて、感激しました。