国立映画アーカイブ
インタビュー

公開日:2023/05/12 | 更新日:2023/06/27
国立美術館
東京都
歴史資料館

「映画を残す、映画を活かす。」をミッションに、
映画文化の保存と活用に特化した施設

映画フィルムの保存・活用の大変さについて伺いました。

  • Date:2023.3.15 10:30~
    Interviewee:入江 良郎様(国立映画アーカイブ 学芸課長)
    Interviewer:木原 智美(フィールドアーカイヴ 代表)

質問1「施設の基本情報について教えてください」

木原
入江さんは国立映画アーカイブに入られて長いのですか?

入江
京橋本館の建物が建て替わった1995年、ちょうど映画の生誕100年の記念の年からになります。
その当時はまだ前身の「東京国立近代美術館フィルムセンター」の頃ですね。

木原
こちらの建物は天井が高くて、印象的な三角窓があり、デザインが凝っていて面白い建物だなと第一印象で感じました。

木原
常設展や企画展のある階だけではなく、映画専門の図書館や上映ホールもありますね。
後ほどそのあたりの詳しいお話をお伺いさせてください。

ところで、国立映画アーカイブには館長さんはいらっしゃいますでしょうか?

入江
はい。国立美術館の各館に館長がいます。
当館は岡島尚志館長です。

2018年4月に国立映画アーカイブが設置されたときに初めて館長職ができたので、初代館長になります。
前身のフィルムセンターは東京国立近代美術館の一部門で、“主幹”を長く務めていました。

木原
なるほど。
事業を熟知している岡島様が館長に選ばれたんですね。

入江
「国際フィルムアーカイブ連盟」っていう、世界中の私達のような機関がつながっている連盟があるのですが、そこの会長にアジア人で初めて就任された方でもあり、日本の映画アーカイブを現在のような形にした方でもあるので、文句なく初代館長に選ばれたと言えるでしょう。

木原
伝説的なすごい方なんですね!
ぜひ機会がありましたら岡島館長にも「国際フィルムアーカイブ連盟」についてなどのお話を伺ってみたいです。

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施設の質問に戻らせていただきます。
施設の正式名称は「国立映画アーカイブ」で、愛称はありますでしょうか?

入江
愛称ですか?

うーん…、国立映画アーカイブの略称はまだ定まっていないと思います。
行政文書や公文書の中で、“国映ア”と縮めて書くことがあります。でも一般的ではないですね…。

英名の略称 “NFAJ”は愛称の一つといえるかもしれないですね。

木原
この施設の所有者は、国立なので“日本”になるのかと思いますが、運営母体は特定の法人が運営されているのでしょうか。

入江
そうです。「独立行政法人 国立美術館」の運営になります。

国立の美術館全体がそうですね。

木原
「独立行政法人 国立美術館」にはどんな館が所属しているのでしょうか?

入江
当館の他に「東京国立近代美術館」「京都国立近代美術館」「国立西洋美術館」「国立国際美術館」「国立新美術館」が所属しています。
当館は、独立行政法人ができた後に6館目として独立しました。

木原
同じ組織ということは、もともと他の美術館の学芸員で、後にこちらに転属するといったことがあるのでしょうか?

入江
ないですね。そこが他の美術館とは違う特殊性ですよね。

当館には学芸員の資格がない人も在籍しています。
そもそも映画に関する学芸員の資格そのものが実はないんです。

学芸員の資格を取っても、美術の知識だったり技術だったりということになるので、ここでそれが通用するかというと、通用しないということになります。

木原
確かに、フィルムの知識などは特殊で、美術品に関する知識とは違いますね。

美術というよりも、映画の専門家の集まりといった感じで、国立美術館として同じ立ち位置にいるようですが、ちょっと変わった施設なんですね。

質問2「この施設をつくろうと思われたきっかけを教えてください」

木原
「国立映画アーカイブ」はどんな歴史があってここ、京橋に建てられているのでしょうか?

入江
今は「国立映画アーカイブ」という施設名なんですけど、その前に二つくらい前史があります。

遡ると東京国立近代美術館の中に「フィルムセンター」というのがあった時代。これが1970年からです。

木原
東京国立近代美術館は京橋に建っていたのでしょうか?

入江
はい。1969(昭和44)年に竹橋に移転するまでは東京国立近代美術館がこの場所にありました。

国立近代美術館としてこの場所に建ったのは1952(昭和27)年なので、相当前になります。(※1967年以降は東京国立近代美術館)
日本で最初の国立美術館です。

1970年以降は、フィルムライブラリーが旧美術館の建物を用いて「東京国立近代美術館 フィルムセンター」として活動した形になります。

木原
開館当時からフィルムライブラリーは存在していたのですか?

入江
ニューヨークのMOMAをモデルにしているとも言われているんですけども、近代美術館をオープンした当時から、映画を扱うフィルムライブラリーが事業として設けられていました。

その当時はまだ、事業をやるための専任がいるくらいの感じで、組織的な体制は持っていないんですけども、映画の上映などを始めたんですね。

最初はすごくささやかな活動で、美術館なので美術映画を上映するなどでした。

当時(1950年代)はビデオなどで映画が手軽には見られない時代ですよね。

上映されたら終りで、世界映画の名作とか、日本映画の名作を後から見ることはすごく大変だったわけです。

その中で古い名作映画といったものをすこしづつ上映していったのが、一番最初です。

木原
当時も施設の中に上映する場所はあったということですね。

入江
京橋に近代美術館ができるということに、紆余曲折があって決まったんですけども、この建物が元日活(日本活動写真株式会社)の本社ビルなんですよ。
日活のビルですから、試写室もあったので、映画を上映しやすい場所でした。

もっと辿ると実は、1932年に日活の本社になる前は日活の映画館(京橋日活館)だったんですね、大正期から。

さらに言うと、明治期にも日活の前身になった会社(福宝堂)がこの場所に映画館(第一福宝館)を建てていて。
だからほとんど映画史の始まりとともに、ここが映画の場所だったという経緯があります。
ぐるっとめぐって、今は映画の建物になっている。

木原
なるほど、そういう経緯があったのですね!
京橋はまさに“映画関連の聖地”で、この場所に映画に関する施設があるのは非常にしっくりきますね。

質問3「常設展示に際し、他の施設にはないユニークな品や見せ方などは何ですか」

木原
「国立映画アーカイブ」では普段、どのような活動をされていますでしょうか?

入江
当館では、フィルムや映画関連資料の上映や展示、保存はもちろんですけど、古い映画を修復したり、上映の際に古いフォーマットに対応できる機械を持っていたりするのは通常の映画館にないユニークな点かと思います。

1から機械を作るのではないんですけども、世界的なスタンダードを参考にしたり、進んだ技術を導入していっています。

当館はデジタル上映にも対応していて、常にできる限り一番良いスペックの機器で上映するんですけれども、映画史の中の多くの映画はまだデジタル化されていないんです。

そういったデジタル化されていないフィルムを映写するために、なくなってしまう部品をストックしておくということもありますし、部品の調達先を開拓することもあります。

残していくだけではなく実際に上映していくという活動、動態保存のような、次につなげるための活動を非常に重視しているのも、他の保存展示施設とはちょっと違うところかなと思っています。

上映する映画のほとんどは、当館の貴重なコレクションですが、その際にはできるだけオリジナルに近い、35mmプリントなら35mmプリントで見せたいんですね。

「とにかく見えていればいい」という考え方は元々なくて、“コンテンツ”という考え方もあまりしていないです。

“コンテクスト”という言い方をしますけれど、周辺的な技術を残していって「一番いい状態で観ていただきたい」ということを心がけています。

木原
オリジナルのフィルムをそのまま上映するというのは難しいことなのでしょうか?

入江
はい。
例えば70mmフィルムというのは、今はなくなっていますよね。
通常の35mm幅のフィルムに比べて倍の大きさがある70mm映画は、巨大なスクリーンに投影しても映像が極めて美しいのが特徴です。

クリストファー・ノーラン監督が未だに70mmで映画を撮って、70mmプリントで上映していますけども、日本国内で70mmプリントが上映できる施設は当館だけです。(2023年3月現在)

以前『2001年宇宙の旅』の70mmプリントが当館で上映されたことがあります。
(→ 「製作50周年記念『2001年宇宙の旅』70mm版特別上映」のリンク

その際には、全12回分の前売券は5分で完売し、当日券を求めて当館から銀座通りまでチケットを買うための行列ができていました。

質問4「展示すること以外の取り組みがありましたら教えてください」

入江
公開事業以外で取り組まなくてはいけないことの一つとして「フィルムの技術を存続させること」がまず一つあるんですけど、もう一つは「デジタルの時代に対応すること」があげられます。

フィルムに関しては今、過渡期に来ていますが、磁気テープはそれと重なってくる部分があります。

木原
そういえば京橋本館1階に、日本の映画監督の貴重なインタビュー磁気テープをデジタルファイル化するクラウドファンディングの活動記録が貼り出されていました。

入江
磁気テープはどんどん機材が古びていってなくなってしまう、保守がきかないので、「今のうちにデジタルファイルにしておかないと、未来永劫見られなくなっちゃいますよ」というもので、当館が初めて手を付けたのが、2021年におこなわれた「磁気テープの映画遺産を救え!『わが映画人生』デジタルファイル化プロジェクト」というクラウドファンディングなんですね。磁気テープを扱うのはそういう意味では初めてです。

木原
フィルムだけではなく、磁気テープや資料などの保存にも手を出さないといけなくなってくると、裏方の作業がとても多くなってきますね。

入江
デジタルに移行することは、すごく便利で扱いやすいですし、たくさん見てもらうことが簡単になってくるんですけど、保存のことになると大変な問題があって。
移行したあとのデータを無事に100年後まで残せるのか?という問題です。
僕らが考える“保存”って100年先とかそれ以上のスパンで考えますので、そのときにきちんとまた読み出せるか?とか、エラーが起きて読み出せなくなっちゃったらどうしようとか、考えるわけです。

お客さんに見えているのは公開事業のほうなんですけど、本当はバックヤードの仕事が大きくて、裏でやっていることのほうが多かったりするんです。

木原
こういう技術の切り変わり目は、すごく気をつけておかないと、古いものを捨てちゃうんですね。

入江
例えば何かに移し替えた後、クオリティの低いコピーだけを残してオリジナルを捨てちゃうのが一番困るんですけど、残念ながら捨てられてしまうこともあります。

ボーン・デジタルの映画も、今新しくどんどん生まれてくるんですけど、“どこかに物としておいておけば存続する”というものではないというのは、アナログと全然違う世界なのです。

木原
フィルムをデジタル化する一方で、オリジナルのフィルムそのものを遺しておくという、ダブルの作業をされているのは、すごい労力ですね。

疑問なのですが、新しいフィルムで新たなアナログにするということはされていないんですか?

入江
ニュープリントを作る、ということですね。

当館では「上映に耐えるような形で保存をしていく」というのが基本姿勢です。

例えば1950年代までのフィルムは可燃性素材でできているので、“日本では法的に上映できないもの”、“映写機にかけてはいけないもの”になります。

そういった“可燃性”フィルムに対して“不燃化”の作業をおこないます。

あとは、例えば唯一残っている映画フィルムで、ボロボロになっている、これがダメになったらその作品がなくなってしまうようなフィルムに対しては、そのまま映写機にかけることはせず、ニュープリントを作ります。

木原
オリジナルのフィルム保存、ニュープリントのフィルム保存、デジタル保存と、作業はトリプルになりますね…!

入江
はい。前のものは捨てないということが大事なのです。

木原
それは大変なことになりますね…。
それだけの労力をかけていくことでようやく「遺した」となるんですね。

入江
僕らがよく話すのが、すごく手軽にいろんな端末で映画が見られるようになって、それを見ていると、この映画はどこかに残っているだろうと思っているんですけど、努力をしなければいつのまにかオリジナルが消えてクオリティの低いコピーだけになってしまう。

質問5「開館当初の見せ方から変化した部分はありますか、もしあればなぜ変化させましたか」

木原 
開館当初の見せ方から変化した部分はありますでしょうか?

入江
はい。当館はたくさんコレクションを持っているけれども、それを上映する機会というのは、まだまだ少ないわけです。

来館者のための上映活動は大事なのでやっていくんですけど、それだけではコレクションお見せする機会が足りない。

なおかつ、当館のコレクションって、例えば日本映画の6割が、劇映画ではなく記録映画だったりニュース映画だったりするんです。

それを全部は見せられないわけですよね。

そういう映画は今までどういう風に使われていたかというと、テレビ番組が部分的に使用するような形が一番多いんですね。

それを配信をすることによって、もっと劇的に鑑賞の機会を増やそうということで、今、試行的に例えば関東大震災の映画(→ 関東大震災映像デジタルアーカイブ)とか、古いものから始まってアニメーション(→ 日本アニメーション映画クラシックス)とかやっているんですけど、間もなくリリースが出ます。

2023年3月末にまた新しいサイトができる予定です。
年間100本くらいの単位でWEB公開していく予定にしています。

※ 2023年3月30日に国立映画アーカイブが所蔵する文化・記録映画など映画作品を配信するWEBサイト「フィルムは記録する ―国立映画アーカイブ歴史映像ポータル―」が開設され、2023年5月10日に国立映画アーカイブが所蔵する映画関連資料を包括的に公開するためのWEBサイト「映画遺産―国立映画アーカイブ映画資料ポータル―」が開設されました。

木原
記録映画だったりニュース映画だったりを、自由に探して観ることができるというのはすごく良い試みですね。楽しみです。

横浜に「放送ライブラリー」という施設がありますが、そちらで観られる資料とは違うのでしょうか?

入江
「放送ライブラリー」はテレビ放送をアーカイブされていますが、当館でアーカイブしているのは映画が対象になります。

映画が生まれた後の時代は、今でいうとニュースになるものも含めて、例えば関東大震災の様子などが映像で残っているんです。

戦中になると“文化映画”という言葉が使われて、ある種、教育的な目的でいろいろ国民を教化する意味合いもありますけども、知識を広めたり、宣伝だったり、そういう映画がたくさん作られているんですね。

その上映が義務付けられた時代もありました。

木原
映画を1本観る前に、強制的にニュースを観る感じですね。

入江
ニュース映画専門の映画館があったりもしました。
テレビ以前はそういう風にしてニュース映画が盛んでした。

ある意味では日本が戦争に向かっていって、戦争を遂行するような意味での宣伝映画もたくさん作られたんですけど、一方では映画が娯楽として消費されていた時代に、教育的な意味で役に立つ映画という観点が組まれていました。

1920年代からは、映画のもう一つの価値が見いだされたということだと思うんですね。

結果としては、私達はどうしても劇映画で、娯楽映画とか芸術的なもののコレクションのほうが、注目を集めやすいんですけども、実は映画というのは文化財であると同時に、記録として大事な意味を持っているのです。

質問6「続けていくにあたって苦労されていること、お困りごとがもしあれば教えてください」

入江
映画フィルムは大切な文化財でもあるし、記録でもあるので、網羅的に集めなければいけないということがあります。

木原
国立映画アーカイブは、本を網羅的に集める国会図書館のような存在になっているということでしょうか。

入江
図書等の出版物を国会図書館に納入することを発行者等に義務づける「納本制度」があり、映画フィルムも対象に含まれているのですが、それは現在まで機能していません。

しかし、誰も動かなければ映画は永久に失われてしまいます。

木原
どれだけあるかわからないフィルムを網羅的に集めるというのは大変な作業ですね。

入江
通常、美術館の学芸員がやることは、自分の館にあったものを見定めて、選別して収集するという作業なんです。それができるのは、美術館は国立だけでも5つあり、地方自治体とか民間とかたくさんあって美術の分野全体をカバーしているからなんですね。

一方、映画フィルムに関しては、当館の他には京都文化博物館とか広島市映像文化ライブラリー、福岡市総合図書館、あとは川崎市市民ミュージアムとか神戸映画資料館もそうなんですけども、映像を集めている“仲間”が数えるほどしかいません。

そういう映画フィルムを収集する機関が、身を寄せ合っているに過ぎないわけです。

そして、これらの館が全部をカバーできているのかというと、なかなか難しいものがあります。

それが一番の苦労している“お困りごと”ですかね。

木原
「この館はこのフィルムを探している」といった情報の共有はできていないのでしょうか?

入江
情報の共有はできますけども、リソースが限られている、欲しいけれど施設も人も限られている、ということですね。

そういう中でできる限りのことをやって集めているという状態です。

木原
そうなると現状は、国立映画アーカイブに大量のフィルムが集まっているといったこともあるのでしょうか?

入江
実は現在、国立映画アーカイブの映画フィルムのコレクション数は、MOMAのコレクション数を追い抜いているんですよ。

木原
先ほど国立映画アーカイブ設立のモデルになったとお話のあったMOMAですか。

入江
はい。MOMAは、無声映画がなくなった頃から映画保存を始めている所なのですが、美術館のアーカイブだから、選別して自分たちのコレクションを作っているんですね。

そうやっていても、選ばなかったものは他のアーカイブが集めるからいいわけです。

でも、先ほどお話したように、日本では、国会図書館のように制度としてフィルムを集めていないから、美術館だからといってポリシーを決めて集めてしまうと、他のフィルムがどんどん失われていってしまう。

だから網羅的に全てを受け入れてきました。

その結果、世界的にみても急激にコレクションを増やしてきたといえます。

木原
網羅的に集める決断をしてくださってよかったです。

そうでなかったら本当に無くなっていたところでした。

入江
昔だったら知らない間にフィルムを捨てられてしまって、なすすべもなく失っていたのを、「国立映画アーカイブ」の名前を知っていてくださるから、遺せたというところはありますね。

美術作品と同じように、映画の場合も購入費を持ってコレクションを増やしているんですけど、ほとんどは寄贈によっています。

木原
そうなんですね。

「この場所が映画フィルムの拠り所になっているな」というのは、国立映画アーカイブの4階、図書室がある階に“お尋ね人”みたいな感じで「このフィルムを持っている人いませんか?」のようにたくさんの紙が貼ってあったところからも感じられました。

ああやって「映画のことを知りたい人と映画のことを知っている人が、ここに来れば何かしらの知識が得られる場所がある」というのはすごく大事だし、「ここに預ければ受け取ってもらえるかもしれない場所がある」というのはすごくいい施設だなと思います。

集客に関してですが、企画展示は年に何回か、ある程度決まったサイクルでされているんでしょうか?

入江
展示のほうは、大体年3回です。

木原
今まで話を伺ってきて思ったのですが、国立映画アーカイブで重きを置いているのは、“映画の企画展示”というよりは“映画フィルムとその映画の上映”なのでしょうか?

入江
元々はそうですね。

美術館が集めるものは、美術作品と定められています。

例えば工芸館は「工芸作品を集める」と定められているんです。

そういう意味でいうと当館は「映画作品を集めます」というのが元々定められているので、それはハッキリしているんですけど、それは“大元のコレクション”なんですね。

当然、関係する資料というのは、どこの美術館にもあるんですけど、当館ほどの規模で集めている所はほとんど無いといえます。

それは一つは“映画の特殊性”なんですけども、美術作品から生まれる資料とは、量が違うんですね。

映画というのは、多人数で作るというのもありますし、産業でもあるので各プロセスで多くの資料が産み落とされます。技術とも関係があるから、技術資料も映写機とかカメラ、録音機材など、それが500点くらいあったりするんですね。

当館では一部を常設展や企画展で飾っていますけども、とてもではないけれど全てをお見せすることはできない。

ただ、これもまた同じ話なんですけど、僕らが諦めると、それは世の中から消えてしまうということなので、いつもギリギリのところで判断しながら頑張って収集しています。

木原
裏で見えないところでされていることがすごく多いという形になるんですね。

入江
保存機関であるという部分は、どうしても外から見えないですけども、その側面が大きいです。

質問7「その他、ご来場の方々に何かお伝えしたいことはありますか」

木原
来館した方に、ぜひここを見ていってほしいというところなどがあったら、教えてください。

入江
まず当館を「映画館だ」と思われて来られる方がいるかもしれないんですけども、「ちょっと違う」ということを知っていただけると嬉しいです。

映画館には“ミニシアター”とか、“名画座” とか、芸術的な映画を上映する小さな映画館もあるんですが、それらとも違うのは、上映するものは基本的に“自分たちのコレクション”なんです。

今、9万本近いコレクションを持っているんですけども、時代的にも多岐にわたりますし、持っている内容が本当に多彩というか、あらゆる映画フィルムをほとんど日替わりで上映しています。

フィルム・アーカイブ、または“シネマテーク”とも呼ばれますが、当館は日本では唯一の国立機関になります。

先ほどの建物の設備のお話とも関連してくるんですけども、特殊な機能を持っていて、例えば美術館では「美術作品を最良のかたちで見せる」というの同じことを映画でおこなっているんですね。

それは映画史が技術と切り離せないということでもありますし、時代によって映画の形も違うし、音の再現の仕方も違うからなんです。

例えば、映画には“シネマスコープ”、今のテレビ画面くらいの“ビスタサイズ”、ブラウン管時代の画面の“スタンダード”など、様々な画面比の違いがあります。

さらに“ビスタサイズ”といっても、アメリカの“ビスタ”とヨーロッパの”ビスタ”では、実は画面比が違っていて、町の映画館でちゃんと上映できるかというとできないんですね。

当館では、歴史上の様々なフォーマットに対応するために、レンズを変えてマスクも切って、綺麗な形で映写するといった技術的な作業をしてから上映しています。

無声映画やトーキー初期のフィルムもまた形が違いますし、そういうフィルムがたくさんあるので、それらに適切に対応して上映するということが、当館の大きな役割の一つといえるのです。

コレクションの公開にあわせて、それぞれのフィルムに沿った美しい見せ方ができるよう、常に技術の向上を図っていますので、そういった観点からも是非、ご来場の際に楽しんでいただければと思います。

見学した際の感想

木原
映画に関する常設展や企画展のある階の他に、映画専門の図書室や上映ホールまで完備されていて、インタビューさせていただいた部屋があるバックヤードには多くのスタッフの方々が働いていらして、外観も凝っていますが、様々な映画に関する機能が詰まっている建物だと思いました。

常設展や企画展ばかりに気をとられていましたが、インタビューで「国立映画アーカイブ」の真骨頂は“映画フィルムの上映”にあると気づき、後日、B1Fの小ホールに映画を観に行きました。

上映中に後ろを向き、実際に映写されているフィルムと映写機を見て、この上映に至るまでにフィルムは丁寧な修復がなされ、様々な形で保存がされているのだな、映写機もきちんと整備されて最高の状態で稼働しているんだなと思いをはせて、普段よりも一段かしこまった気分で映画を楽しませていただきました。